ストライク・ボールと行政裁量(加筆済)
またまたヨタ話(最近こんなのばっかり)。
今日思いついたのは、行政裁量って野球で表すとこんな感じ?という内容。
なお、つっこみどころ満載ですが、適宜お聞き流しください。
どこの国も裁判所は、持ち込まれた事件について、法律違反があるかないかを判断する。そのときに、法律についてお役所が決めたルールがあるとそのルールも加味して考える。法律を直接解釈するんではなく、役所がこう読んでいるからその通り読むと・・・という風な感じ。
これが許される場合、裁判所は、行政の裁量を尊重したという表現がなされる。
これって、野球で言うとどんな感じ?というのが今回のお題。
<関係者の役割>
野球の場合、審判が、ストライク・ボールを判断します。要は、裁判官役。
それに当事者のピッチャーと、その投球にクレームをつけたいバッターがいる。ピッチャーは当然ストライクの主張をするし、バッターはボールの主張。
それらを加味した上で、審判が、ストライク・ボールを判断する。ホームベースの上を通っていればストライク、外れていればボール。誰でも知っているルールですね。このルールが法律。審判は、このルールに照らしてストライク・ボールを判断する訳です。
<ルールは解釈が必要>
ところで、このルール、はっきりしているようですが、実は解釈が必要。
ベースには幅がある。たとえば幅10(右5左5)。そしてボールにも幅(1)がある。
では、どのような場合にボールがベースの上を通ったと言うべきか。ぱっと思いつくだけでも3つ立場が考えられます。
① 実際のルールでは、ちょっとでもかすっていればいい。従って、ベースの幅10に対して、ストライクとなるボールが通る範囲は12(右5+1,左5+1)。
② 他の考え方としては、ボールの中心がベースの上を通っていればいいというものが考えられます。この場合、ストライクとなるボールが通る範囲は11(右5+1/2,左5+1/2)。
③ また、ちょっとでもベースの上から外れたら駄目という考えかたもあり得ます。この場合、ストライクとなるボールが通る範囲は10(ベースの幅)。
どうですか?
普通の感覚からすると、幅10のベースをとおることがルールである以上、通っていい幅も10というのが近いと思います。バッターの立場からすると10っていってるじゃないかという感じ。
ただ、実際には12が正解ですね。12のどこをとおっても、審判は「幅10のベースの上をとおった」と判断するわけです。
<では行政裁量は?>
このルールの選択を裁判官が自ら決めるではなく、行政に決めさせるのが行政裁量。
行政が上の①の考えをとって、実際は(結果的に)12の幅までOKとする解釈なのだが、これが法律の解釈だとの見解を示した場合に、まあ、そうとも考えられるからそのルール(①)で判断しましょうとするのが行政裁量の尊重です。
本来幅10のルールが法律で定められているにもかかわらず、幅12の物差しをつかって、それから外れているかだけを解釈する。
裁量を広く認める場合は、ボールを大きくする(笑)。ベース10のうえに、たとえば幅20のボール。50(20+10+20)の幅までOKになっちゃいますね。この50の物差しだと何でもOKとなってしまいそう・・・
判決では文字で表現されるので、あまりはっきりしないのですが、裁判所が緩やかな基準を取っている場合、結果的には、法律の10の幅に対して、50の物差しで測っているというようなことも結構ある(ほとんどOKの基準)のではないかと思います。
当事者に裁量を認めるbusiness judgment rule(経営判断原則)とかも同じように考えられるのではないでしょうか。
<当事者はどう感じる?>
たとえば、野球の例でボールの幅が20だとすると、ベースから15離れて立っている人は、完全にベースから離れているのに当てられる。デッドボールだと主張します。しかし、ストライクだからよけないのが悪いと審判に言われる羽目になる。ストライクは当たってもデッドボールにはなりませんからね。
法律的に言うと、法律の文面からはこれがOK?というような行政措置が、法律の範囲内と判断されることになる。広く裁量を認める結果、大きな物差しのみで判断するので。
<安定性は?>
ただ、この裁量、認められてもあまり安穏ともしていられない。ある日突然、裁量を認めないといって、厳格に判断されることもある。
いきなり、上記ルール①はだめで、②(または③)で判断する。ボールがベースに収まらないのはそんなボールを採用するのが悪いと言われてしまう危険があるわけです。そこら辺、法律で認められるのよりは保護は薄そう。しょうがないのかなという感じ。
あまりまとまりのない内容で恐縮ですが、思いついたので書いてみました。
我ながら読み返してみて、発想はおもしろいが、つっこみどころ・異論の余地も満載・・・
たとえ話は難しいと実感させられました。
これが許される場合、裁判所は、行政の裁量を尊重したという表現がなされる。
これって、野球で言うとどんな感じ?というのが今回のお題。
<関係者の役割>
野球の場合、審判が、ストライク・ボールを判断します。要は、裁判官役。
それに当事者のピッチャーと、その投球にクレームをつけたいバッターがいる。ピッチャーは当然ストライクの主張をするし、バッターはボールの主張。
それらを加味した上で、審判が、ストライク・ボールを判断する。ホームベースの上を通っていればストライク、外れていればボール。誰でも知っているルールですね。このルールが法律。審判は、このルールに照らしてストライク・ボールを判断する訳です。
<ルールは解釈が必要>
ところで、このルール、はっきりしているようですが、実は解釈が必要。
ベースには幅がある。たとえば幅10(右5左5)。そしてボールにも幅(1)がある。
では、どのような場合にボールがベースの上を通ったと言うべきか。ぱっと思いつくだけでも3つ立場が考えられます。
① 実際のルールでは、ちょっとでもかすっていればいい。従って、ベースの幅10に対して、ストライクとなるボールが通る範囲は12(右5+1,左5+1)。
② 他の考え方としては、ボールの中心がベースの上を通っていればいいというものが考えられます。この場合、ストライクとなるボールが通る範囲は11(右5+1/2,左5+1/2)。
③ また、ちょっとでもベースの上から外れたら駄目という考えかたもあり得ます。この場合、ストライクとなるボールが通る範囲は10(ベースの幅)。
どうですか?
普通の感覚からすると、幅10のベースをとおることがルールである以上、通っていい幅も10というのが近いと思います。バッターの立場からすると10っていってるじゃないかという感じ。
ただ、実際には12が正解ですね。12のどこをとおっても、審判は「幅10のベースの上をとおった」と判断するわけです。
<では行政裁量は?>
このルールの選択を裁判官が自ら決めるではなく、行政に決めさせるのが行政裁量。
行政が上の①の考えをとって、実際は(結果的に)12の幅までOKとする解釈なのだが、これが法律の解釈だとの見解を示した場合に、まあ、そうとも考えられるからそのルール(①)で判断しましょうとするのが行政裁量の尊重です。
本来幅10のルールが法律で定められているにもかかわらず、幅12の物差しをつかって、それから外れているかだけを解釈する。
裁量を広く認める場合は、ボールを大きくする(笑)。ベース10のうえに、たとえば幅20のボール。50(20+10+20)の幅までOKになっちゃいますね。この50の物差しだと何でもOKとなってしまいそう・・・
判決では文字で表現されるので、あまりはっきりしないのですが、裁判所が緩やかな基準を取っている場合、結果的には、法律の10の幅に対して、50の物差しで測っているというようなことも結構ある(ほとんどOKの基準)のではないかと思います。
当事者に裁量を認めるbusiness judgment rule(経営判断原則)とかも同じように考えられるのではないでしょうか。
<当事者はどう感じる?>
たとえば、野球の例でボールの幅が20だとすると、ベースから15離れて立っている人は、完全にベースから離れているのに当てられる。デッドボールだと主張します。しかし、ストライクだからよけないのが悪いと審判に言われる羽目になる。ストライクは当たってもデッドボールにはなりませんからね。
法律的に言うと、法律の文面からはこれがOK?というような行政措置が、法律の範囲内と判断されることになる。広く裁量を認める結果、大きな物差しのみで判断するので。
<安定性は?>
ただ、この裁量、認められてもあまり安穏ともしていられない。ある日突然、裁量を認めないといって、厳格に判断されることもある。
いきなり、上記ルール①はだめで、②(または③)で判断する。ボールがベースに収まらないのはそんなボールを採用するのが悪いと言われてしまう危険があるわけです。そこら辺、法律で認められるのよりは保護は薄そう。しょうがないのかなという感じ。
あまりまとまりのない内容で恐縮ですが、思いついたので書いてみました。
我ながら読み返してみて、発想はおもしろいが、つっこみどころ・異論の余地も満載・・・
たとえ話は難しいと実感させられました。
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