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2008-08-02

旅行記1 ボストンへ

ま、たまには旅行記もいいだろうと、日本への帰国にあたっての旅行記です。


ばたばたとした引っ越しを終えました。途中引っ越し業者が予想より早く到着するなどアクシデントもあったものの、無事家具・その他の日用品を友人に配りおえ、まぁ、なかなか、いい感じではなかったかと。

いつものことではありますが、直前まで何もしないので、ボストン旅行のアレンジはなんにもしていませんでした。とはいうものの、列車の旅、気楽なもんです。

出発の8月1日、昼過ぎに、ボストンで8月2日友人と遊べることを確認したものの、まずは今年初のレストランウィークを満喫し、それから準備です。

CATVの装置を返しに行った足で飛び込みで入ったお店は、Tabla。内装はよく、料理もインディアンフュージョンという珍しい感じのものでした。ヨーグルトご飯などというのは初めて食べましたが、結構いい感じ。また行ってもいいかも。
http://www.tablany.com/

3時過ぎに友人宅に戻り、いざ、予約開始。列車は、あるが、高い。ホテルも都心だと1泊250ドル。2名ならいいが、1名にしては高い。等と悩んでいたら、すでに当日のレッドソックス戦には間に合わない状況。

仕方がないので郊外の安ホテル(それでも1泊160ドル)と、8月2日の野球のチケットだけ予約。この時点で午後4時30分。目標の電車の出発は5時。

チケットは転売サイトのStarhub。今はebayの子会社みたいですね。前日でも気軽に買えるのは魅力。
http://www.stubhub.com/

電車の時刻表はアムトラックのページのScheduleから。
http://www.amtrak.com/servlet/ContentServer?pagename=Amtrak/Page/Schedules_Index_Page&c=Page&cid=1080072922206&ssid=3


そして、あわててペンステーションに向かい、チケットを購入。迷った末、ボストンで食事ができるように、奮発して、アセラ・エクスプレスとやらにしてみる。列ができていたら間に合わない時間に到着するも、さすが金持ち優遇措置に優れたアメリカ、アセラ用の窓口があり、そちらには列がない。あわてて買うと、出発5分前。急いで飛び乗る。

乗ってわかったが、どうやら全席自由席。ええ?ってかんじ。

金曜の夕方5時の便なので、とにかく席がない。探しに探したあげく金髪のねーちゃんと、これまたビジネスマン風の男が座っている4人席(真ん中にテーブルがあり、結構いい感じ)に入れてもらう。


故障のおおいアメリカ、当然、出発直後に、マンハッタンを見ながら小休止。
のどかです。ビジネス用のラインなのに、というのはおいておいて。

この頃には既に判明していたのだが、このねーちゃんのしゃべること。近所のおばちゃんかってかんじ。こんな英語も話せない人に話してもおもしろくないだろうに、と思うが、とにかく一応頷きながら、ボストンのガイドブックを読み始める(なんせついてからの予定を立てないといけない。友人は結婚してボストンに移り住みつつありる、週末婚状態でしらないから、とのたまったため、なぜかこちらで考える羽目に)。ビジネスマン風も、yeah, yeahとか連呼しながら、ねーちゃんの、犬大好き(犬の種類をいろいろ連呼して写真をブラックベリーで見せてくれるのだが、こちとらなんのことだか)、とか、友人が彼氏と別れて、彼氏はその友人の妹とつきあって、もう一度妹とよりを戻して、で、今度秋に結婚だが、どうなると思う?とかの話題(無論間にいろんなエピソードやら友人やら登場しててんやわんや)に相づちをうっている。聞いていないときの反応の9割がyeahとの肯定。すばらしい。。。学びつつ、頷いてみる。返事はなんでもYes!。日本人ですから。。

旅が進むにつれ判明したのは、ねーちゃん、お嬢であること。いろいろ国を旅行したことがあるらしく、また、ビジネスの話題も詳しい。年を聞かれたときに、ありがちな、白人のシミから判断して、さらに、お愛想で、どんどんさばを読んで26といったところ・・・23だと答えられた!いただけませんなぁ(苦笑)。結構あちこちにセカンドハウスや、父の取引先とかいるようで、日本も全国を旅したことあるそうな。はぁ。あ、ちなみに、シミは、どうやらサッカー選手で、ブラジルに留学し、日本代表とも試合をしたといっていたので、そのときのものと思われ。。。

ま、なんか、ちょっと高い席をとると、ショーでも野球でもなんでも、お隣さんはえらい金持ちってのがよくあるのがアメリカ。まぁ、それはそれでおもしろいが、コネクションを作れるほどの会話力もなく、英語力もなく、単にへーという感じである。こっちで知り合いになった友人は、そこでコネクションを作らないと!といっていたが、とてもとても。。。Yesといって聞き流すのがいっぱいいっぱいです。

ま、そんな二人にボストンのステーキハウスと飲み屋街をきき、それはそれでよかった。

実際この日の夕食は、そのねーちゃんが予約を取ってくれたレストラン。ビジネスマン風もおいしいと言っていたので、駅から、これまたねーちゃんが止めてくれたタクシーに乗ってゴー。うーん、アメリカ2年を感じさせない、初々しいアジア人か。ねーちゃんとはここでばいばい。

つくと、なんだか豪勢なステーキハウス。ねーちゃんの母(元バンカー)は、週に何度か来ると言っていたが・・・おいおい、こっちはTシャツに短パン(昨日寝たときのまま)で、スーツケースをがらがら押しているのですが、大丈夫ですか???

気になるものの、まぁ、いいかと。

通されたお得意算用っぽい、よさげな席から、野球中継見たいからとバーに移動してもらう。安上がりにできています。。

言われたとおりにスカートステーキを注文。サイドには芋、そしてタマネギ、前菜にとロブスターの天ぷら(ねーちゃんいわく、ボストンに来たら を注文。芋とタマネギは両方頼むと多いかと聞いたところ、半分半分がいいと店に言われてその通りにした(いいサービスだと思います)のだが、なんせ、おおい。タマネギなんて半分で、山盛りです。

しょうがないので、隣で野球談義に盛り上がっている女性二人組にお裾分け。アメリカは、野球場でも女性を見かけますし、野球の話をできる女性が多いですね。電車のねーちゃんも、マニーの移籍について私はしらないが、父が言っていたと、結構熱く語っていましたし。

とりあえず、話題に入れてもらってしゃべるに、どうやら、この人もバンカーらしい。なんだか、金満ですなぁ。そういう店に来たと言うことか。

いっぱいくって、長引いた延長戦を満喫しました。いやー、Bay、打って良かったねぇ。打たないと昨年のJDドリューだって3人でしゃべっていたところだったから。

戻ってみるに、歩き方にはなかったですが、結構有名な店の模様。なので写真付きで。うーん、下手。
http://www.grill23.com/





2007-08-20

コスタリカ旅行記 5 アレナル火山(Arenal)

お次はアレナル火山。ガイド曰く、世界で5本の指に入る活火山なんだそうな。はたして溶岩は見られるのか。


いったんサンホセに戻って一泊した後、アレナル火山行きのツアーにてアレナル火山に向かう。どうでもいいがこのパックは、現地ツアーの出発がいつもサンホセ。モンテベルデとアレナルなんて相当近いのに。そのため、バスに乗っている時間がやたら長い。

これは、いわゆる観光コース。ガイドもいるし、ぼったくり(?)のおみやげ屋にも寄る。

コーヒーがメッカのコスタリカ。コーヒー農園をバスから遠目に見て(コースっぽいですね)、近くのおみやげ屋に入る。コーヒーはNYと値段が変わらない。1パックが8ドル強。NYで10ドル程度だから、1ドルちょっとの運び賃と言うことになる。これでは今買う気にはならない。輸出用の豆の方が品質もいいらしいし。

葉巻も有名なのかいっぱいある。見てみるが、相場がわからない。個人的には買ってもいいかなという値段ではある。安いもので小さいの5(4?)本入り7ドル程度から。結局帰りの空港で5本入り40ドルを買ったのだが、これなら最初にここでそれなりに買えばよかった。そんなもんです。

さて、火山といえば温泉。この地にも立派な温泉施設がある。ほかの観光施設はいまいち整備されていないのだが、ここはいい感じ。むろん、外国のことであるので水着を着てはいる。水着は持ってきていないので短パンを1つ水に浸すことにし、そのままはいる。防水カメラとともに。あと、バッタもんの時計も。30M防水は、30cmってことか?と思いながら入りましたが、元気に動いていました。結構やるなぁ。



入った感じは、ジャングル風呂の巨大版。結構歩いたのだが、道が曲がりくねっていることもあり、結局全容はわからなかった。それくらいでかい。水はそんなにきれいに感じなかったので頭をつけて泳ぐ気にはならなかった。他にしている人もいないし。むろん洗い場もないです。

アレナル火山は結構な活火山で、一応毎日溶岩が見られることになっているらしい。形はもろに富士山。アレナル富士といったところか。昔修学旅行で昭和新山を見に行ったのを思い出す。私の時は、ツアーのアメリカ人が騒いだこともあり、風呂後に急遽、見やすいところに移動して溶岩を見るという企画が催された。夕闇に、ほかのツアーの人もいてごった返している河原で、上空を見上げていました。さながら、花火大会の開始前か。

と、見えました。溶岩、というか、メテオ(FF)みたいな感じ(わかりますかね?)。一応、写真乗せておきます。



これが

こう流れ(転がり?)落ちる



このツアーでは、途中食事が2度もあったこともあり、結構いろいろな人と話した。アメリカ人のほかにもスペイン人や韓国人そして日本人も。スペイン人曰く、スペイン語圏なのでスペイン人はやはり結構いるらしい。スペインでは今人気のスポットとのこと。ユーロが強いのと、コスタリカの国内情勢が他の国より安定していることがスペイン人観光客の増加につながっているというのが我々の間での結論となった。

中南米旅行で感じるのは、周りはインテリばかりだということ。この段階までで結構話した人はアメリカ人(スペイン語教師、トマト調査の大学生、ベンチャーキャピタルにつとめている人)、スペイン人(教授)、韓国人(コンピューター関係の博士課程)、日本人(英語教師)。あまりふつうの学生とかいう人はいない。日本では大学生、若手会社員とかOLなどが旅行することが多いように思いますが、まだまだ旅行っていうのは高価なものなのかなぁなどと思いました。バックパッカー宿とかに行っていないせいかもしれません。日本人に関してはやはり1週間強の時間も必要となりますしね。

こういう人たちと話していると、皆、結構外国に行っています。外国通。いろいろ経験がある。話題も豊富だし。見習うべき点は多々あるなと思います。

ところで、このツアーは元々1日なのが、僕のは1泊するようにアレンジしてありました。従って、前日の人たちと別れて、現地で一泊し、次の日のツアーに合流してサンホセに帰りました。翌日もこの風呂に入ったのですが、翌日は大雨。火山を見ることもなく、風呂にもろくに入らず。1日違うと悲惨なツアーになっていそうでした。天候に左右されるってのは怖いところです。

2007-08-18

コスタリカ旅行記 4 モンテベルデ(Monteverde)

この日は、モンテベルデというところに移動、その後現地一泊でサンホセに戻る。

翌朝、ピックアップのバンで自然たっぷりの地域(モンテベルデ)に向かう。道中4時間。英語すらほとんど通じない地域であるが、バンで横に座ったのはアメリカ人。しゃべったところ、大学生で、トマトの研究のために来ているとのこと。留学のおかげで、なんとかこれくらいの英語はわかるようになったようだ。その後は熟睡。後半は未舗装道路でかなり揺れたにもかかわらず、レム睡眠くらいまでしか起きない。起きてしばらくすると目的地到着。

ホテルにチェックインすると5分で、ツアーのピックアップの時間。うーむ、日本のツアー恐るべし。過密だぁ。

ツアーは英語ガイド付きで、熱帯雨林(なんかちょっと違うらしいが、素人にはわからず)の散策。Sky walkというらしい。同じ箇所でsky trekというのがあったが、もし選べていたらこちらを選んだ。こちらは滑車のようなもので移動するアスレチック風アトラクション兼林散策。ちなみに、今空港のcitiの公告がsky walkのもの。なんかミーハー的なうれしさ。


英語ガイドの英語がわかりやすかったのと、同行したアメリカ人のおばちゃん達が楽しかったので、ずいぶんと楽しい散策となった。

見つけたものの目玉はタランチュラか。さわりはしなかったが、至近距離でみられたのは幸運。穴の中にいるというのは初めて知った。人を殺すほどの毒があるというのは俗説で、虫とかを食べるときに内臓を説かしてジュースにして飲むためのものでその程度しか効かないそうな。あやしい聞き取り能力のたまものなので正確性は不明であるが。



その後は、おばちゃんたちに誘われるまま町中で食事。相変わらずほとんどアジア人はおらず、日本人も全く見かけない。その中で、英語の怪しい私を食事に誘ってくださった彼女たちには感謝感謝でした。

ホテルはまたも家族風呂+クイーン2つ。どうやら豪華な旅らしい。

翌日モンテベルデの別の場所でまたも散策。ガイドの英語は意味不明であるが、他の参加者と何となくわかったふりの会話をしつつ散策を楽しむ。この日もタランチュラ。どうも相性がいいらしい。ここにはハチドリ公園みたいなのもあって、蜜でえづけされている。ブーンって言っていて、巨大な虫みたいな音で、そこここにハチドリがいる。悔しいので、苦労してとった自然のハチドリ(巣入り)を。丸いのはガイドの双眼鏡を先につけて写しているからです。


ジャングルでは、一つの木にたくさんの植物(こけとか草とか)がひっついている。いわゆる寄生植物。でも、実際は、宿り木から栄養をもらっているわけではないそうな。自分で水を集め、大地に根を張る。それが理由で、大地に向かって長い根が伸びるらしい。ターザンの使っている蔓をイメージしてもらえば、わかりやすいでしょうか。

水を蓄えるのがうまい植物もいて、蛙とかは、そこに卵を産むそうな。確かに、外的はいなさそうな。まさに井の中の蛙のごとく、確実に育つんでしょうな。

また、花に見えて花ではない(葉っぱ)植物もありました。なんか理由言っていたけど忘れたなぁ。遠目には完全に花でした。というか、近づいてもそう言う花といわれればそうかと思う感じ。


コスタリカといえば野鳥の宝庫で、一番美しい鳥と言われるケツァールが有名。ただ、この時期はモンテベルデ周辺にはいないらしい。残念。これを見るためには乾期だそうだが、そうなるとウミガメの産卵が・・・・痛し痒し。ただ、私の場合は、何にも考えずにとったので無関係だが。

なにげに役に立ったのは、カメラの防水ケース。本来はスキューバ用なのであるが、こういった雨が降る日もいいように思われる。落としても壊れない感じになるし。こういったものは、極端に流通台数が少ないため、カメラの発売当初はあるが、その後なかなか入手しにくい。大手家電量販店でも在庫がないことが多い。最初に購入するのが吉か。2万円程度するので、躊躇するが、後から手に入らないので、買っておく方がいいように思います。

2007-08-17

コスタリカ旅行記 3 San Jose (コスタリカの首都)

コスタリカ(サンホセ)到着後、市内見物。


さて、空港で荷物も回収してホテルへ向かいます。いつもでしたら、お金を両替して白タクとの交渉と行くところですが、今回はツアー。いました、私の名前を書いて掲げている人。なんかうれしい。お金を両替せずともホテルに着けるのは不思議な感じです。

ホテルに着くと今回のツアー全体の説明。こんな説明自体初めての経験でしたが、結構いいかも。そこで気がついたのが、雨期の中米に雨具を何も持たずにやってきたこと。傘とポンチョを買えと言われる。虫除けを忘れていることも判明。

部屋に行くと、長ズボンをGパン1つしか持ってきていないことも判明。もしかしたら高級店に行くかとジャケットを持ってきたのに、こりゃ、ジャケットは無駄だったなぁ。電気カミソリを持ってきたが、コードを忘れ、ちまちま使わないといけないこともわかる。忘れ物だらけだ。

とりあえず、気を取り直して町に繰り出す。

ふっかけてくるタクシーと適宜やり合う。いつもは向こうの出してきた値段の1/3くらいから交渉するのであるが、今回は、結構大人な気分。ガイドに適正値段を聞いていたのもあるが、あまりやり合う気分でもなく、適正値段の上限くらい(2/3くらい)を提示して、それを飲ませて終わり。

熱帯特有のスコールが来た。しかも大雨。通りがかりの兄ちゃんに傘を売りつけられる。傘は買わなければと思っていたので折りたたみを購入。これも言い値の2/3くらいを提示してのませる。なんて穏やかな観光客なんだろう。パックツアーの余裕か。買った傘は、日本なら100円ショップで売っていそうなもの。4ドルくらいで買ったから、割高といえば割高だが、アメリカ大陸では南北とも100円ショップのお買い得感で買い物できたことはほとんどない。こんなものかと思いつつも、近くのスーパーで確認。スーパーの折りたたみの半額くらいなので、どんなにものが悪くても使い捨てとしてはこれで良しとする。

ここで国立劇場、銀行博物館などを閲覧。最近NYでの観光を結構していることもあり、正直迫力不足。人があまりいないのもうなずける。まぁ、この国は自然が売りだからよしとする。興味深いなと思ったのは、当初の通貨が、プランテーションごとにトークンとして勝手に出されていたこと。農園主は本当に小国領主(豪族?)だったんだろうなぁとおもわせられました。







次は時計。市場の場所を聞いていたので、そこで一番安い時計を買うことにして市場に向かう。予算は10-20ドル程度か。ちなみにこの国では米ドルがふつうに流通している。ホテルの交換レートは520コロン(この国の通貨単位、コロンブスから来ているとのこと)が1ドル。空港だと450コロンで1ドル。町中では500-520コロンで1ドル。表示がコロンでもだいたい500コロン1ドル換算でなんでもドルで払える。おつりはコロン。中南米ではよくあるパターン。

市場で腕時計のばったものを買う。まぁ、アメリカに帰るまでに使うし、いざとなったら捨てるしいいかと思い、購入。5000コロン(10ドル弱)なり。防水って書いてあります。本当かな。

引き続き国立博物館に向かうもすでに閉館。なんだか治安が悪そう。そばの郷土料理に行く。メニューを見る限り、NYの中米料理とかキューバ料理とかいうみせと大差ない。T-boneステーキと、地ビールを飲む。一人でも、治安が悪くとも飲んでしまう年齢になりました。






ホテルは快適そのもの。クイーン2つの部屋。風呂もなぜか家族風呂。何人も同時に入れそう。テレビもでかく、言うことなし。






コスタリカ旅行記 2 出発→到着

相変わらず移動はハプニングと、驚きの連続です。

前回のバージニア行きでの痛い経験があるので、今回は早め早めに行動です。2時間前(朝4時)には最悪ついていたいので、目覚ましをセット。むろん「朝4時」。前日飲まないという誓いを軽く破ってほろ酔いで就寝。。。。あれっ??

一人で行動するって怖いですね、何とか直前におかしいときがついて2時にセットし直しましたが、危うく旅行に行けないところでした。いつも当日朝起きてから出発準備を始めるのですが、さすがに4時起きではつらいです。

というわけで気を取り直して朝2時に、目覚ましと、友人の電話(ありがとう)で起きる(夜です、まっくらです)。

起きて30分で準備、若干ネットで遊んで3時に出発。(これが大量の忘れ物を招こうとは・・・それなりに予期してました)


朝のラガーディア。閉まっています。。。



道がすいていていつもよりタクシー代が安くすんだ(いつもチップ込み30ドルくらいが20ドル弱)のはうれしいのですが、飛行場で開いていない窓口(そこがだたしいか否かの確証は周りの人間も含めてだれもなし)に並ぶはめに。列がどんどこ増えていっているので、前もって並ぶのは正解ですね。

飛行場で気がついた最初の忘れ物が時計。普段つけないからですが、ジャングルもあるのでむかーしかったG-shockをいつもは持って行くところ、今回はすっかり忘れてしまった。携帯があるからと思い、気を取り直す。(今回はこれでは足りなかった)

最初の飛行機は中継地Miamiまでの飛行。Miamiでかいですね。大都市だ。選挙の票が最後でもめることから結構少数票かと思いきやそんなことはなさそう。ずいぶん大きい。

そういえば昔来たときも繁華街で、危険な香り(笑)を感じたものです。今となってはなんてことないのですが、そのとき一番怖かったのは道を聞かれたこと。どんなかというと・・・

カーナビなしのレンタカーで道に迷って行き止まりまでふらふら運転していったところ、そこになぜかずっとついてくる後続車が。むろんこわれかけの車(なんでついてくるのーとこの時点で困惑気味)。行き止まりでUターンしようとすると、向こうが車を停止して、怪しい中南米風のちょびひげ親父が近づいてくる。こっちは、右も左もわからない学生です。ヤク中の人で、いきなり鉄砲で打たれるんじゃないかと変な妄想のみたくましい。親父は近づいて来て窓をノック。しょうがないので、5センチ位のみあける。こんなところに司法試験予備校の教えが。。。そこでべらべら話されたのがスペイン語。どうやら道を聞いているらしいとわかったときは本当にほっとしたものだ。どうやら2台で迷った模様。答えは「わからない」なので彼にとってもとんだ骨折り。いまとなってはいい思い出です。

そんなマイアミに5分遅れで到着。到着間際に次の乗り換え時間をチェックするときっかり到着1時間後に次の飛行機が離陸。この段階でびっくり。まにあうのか?

ついて、携帯をONにしようとするも、なぜかONにならない。あせる(今思うに、緑のボタンをonと思い、押していたんじゃないかと)。飛行機を確認すると別のターミナルから「定刻通り」に離陸するとのこと。こんな時だけ定刻かとののしりながら、ダッシュで別のターミナルへ。ターミナル間がまた、モノレールで移動しないといけない遠さ。「手元のチケット空欄だらけだがこのままでいいのか?、出国手続きって何かあるんだっけ?」とか思いながら、そばにいる人に時間を聞くと、なぜか離陸20分前とのご回答。えーーーー!。モノレールを待っている間も気が気ではありません。おりたら、そこからは猛ダッシュ。でもついてみると離陸30分前。なぜか聞き間違ったのか間違った時間を教えられたのか。。。

落ち着けば、携帯の電源もつきます(赤のボタン)。壊れたかと思ったので、一安心と、時計を買わないことに決定。

機内に乗り込み、気がつくと陽気な音楽がなっている。飛行機は中米行きだから中米のご機嫌な音楽がBGMでかかっているのかと思ってふつうに寝て起きたところ、何かおかしい。



そもそも飛行機にBGMってあったっけ?
飛行機の騒音も相当大きいのにそれを打ち消すほどの音量。

やっと後ろの客がならしているのだとわかりました。後ろの席の人が、ラジカセでずっと音楽をならしている。ヘッドフォンではないんですよ。スピーカー。ありえねぇ。

その人は僕の周りの人10名程度と集団らしく、カウボーイハットをかぶった酔っぱらい。まぁ、特に害にならないからいいかと思って中米っぽいのりを楽しむ。しばらくすると飽き足らなくなったのか、おやじ二人で、アカペラで歌い出す。酒も注文しまくり。。。

私の周りの客も苦笑を始める。

結局そこから着陸までずっとアカペラを聴いていました。不思議と腹は立たず、ラテンののりを楽しめた不思議なフライトでした。



フライトからおりて、もう一つ、びっくりしたのが、携帯の時計は圏外では機能しないこと。夏時間とかをうまく調節しているので電波で調節しているのは知っていましたが、圏外では全く表示できないとは。時刻設定の画面では1980年となっていました。なんじゃこりゃ。結局時計を買う必要があるなぁと思った瞬間です。

さてさて、どんな旅になる事やら。


2007-08-16

コスタリカ旅行記 1.コスタリカ行き決定!

せっかく研修先の事務所からemployment letterをもらったのだからと、海外旅行を無理矢理計画し、17日から24日までコスタリカに行ってきました。

例によって思いつき。出発の1週間前に何の計画性もなく、「海外」「世界遺産」をテーマに旅行をすることを決定。今回は、直前までNYで遊んでいる予定だったので、旅行会社にお願いすることにする。

JTBNYにはメールで、HISには電話でお願いしてみる。JTBはなしのつぶて。まぁ、メールではこんなものかもしれない。

HIS(US)
http://his-usa.com/ja/top/Top.aspx

いつも航空券の手配を頼むHISには電話したこともあり、話が進む。今回は、航空券の手配ではなかったのですが、窓口の担当者も大変ですね。1週間後に出たい、中南米かギリシャ・トルコ・エジプトあたりで、10日までとかいう条件で探させられるのですから。頭の下がる思いです。

とりあえずわかったのは、1名だと割高だということ。なぜか、1名特別料金みないなものがついているものが多く、ひどいものではほぼ2名分支払わせられる。詐欺みたい。また、航空券も適宜空きを聞くので数時間で2倍程度に根あがることもまま。相場師の気分になってきます。一方、日本のスキーとかとは違って、料金体系は比較的シンプル。人数・日数・意味不明の追加料金をわからなくしたいとしか思えない式で加算する方式は海外では採用されていないようです。

そんなこんなで、比較的リーズナブルで、自然いっぱいと言うことで決まったのが今回のコスタリカ。ちなみに直前までプエルトリコと思っていましたが、そこら辺はパックツアーのご愛敬ですね(なにが?)。

今回の日程は、「飛行機の朝夜移動はむしろ効率的です、安いし」と学生のような希望を出したため朝6時ラガーディア発。日程を受け取っても特に確認はしなかったため、むろん知ったのは前日。。。


2007-08-07

バージニア小旅行

先週末にVirginiaへ1泊2日の小旅行に行ってきました



研修所時代のクラスメイトがヴァージニア大学のLLMに行っていたのですが、今度ロンドンで2年目の研修をするためもうすぐアメリカを発つと言っていたので、ではその前にということで、急遽バージニアを訪れることにしました。そんなわけでお互い暇なのになぜか土日一泊旅行。

1 行きの飛行機

1泊2日と言うことで、飛行機は行きは朝NY発、帰りは夜NY着とする便を選ぶ。でも予算の制約もあり、University of Virginia (UVA)があるCharlottesville (シャーロッツビル)ではなく、近郊のRichmond 行きを選ぶ。そこまで車で迎えに来てもらう皮算用。

ラガーディア8時40分発の飛行機ということで、余裕を持って7時20分頃到着。なぜか大混雑。セルフチェックインというのをやって見るも、なぜかカードをうまく読み込まない。仕方がないので長蛇の列のfull serviceにならぶ。

この列は、相当長く、あまり進んでいない。アメリカ人はレジとか受付で必ず挨拶+αのchatをするのに加え、作業がアジア人(日本・香港・シンガポールは早かったです)に比べて遅い場合があるので、通常長蛇の列は相当痛い目に遭う。この日もそうだった。

覚悟を決めて長蛇の列に並んだのはいいが一向に進まないので、小説を取り出す。英語の勉強をかねて、英語の小説を読み出したのだがこれが進まない。しかも荷物を引きずりながら、小説と電子辞書の両方を立って使っているので指がつりそう。まぁ、それはさておき、小説を読む。楽しんで読んでいる間に、自分の番が来る。ふと時計を見ると、出発5分前!!

あわててカウンターでわめくも、もう出発不能とのお答え。5分遅い(10分前までいけるそうな)。そんなぁーーー。

まぁ、でもこういう目に遭う人は、人生において何度かこういったことを経験している。私は日本でも、ペルー(!)でもこういった経験はある。たいがい代替機の話となり、無料でチケットを得られるかは交渉次第となる。

とりあえず、今回も代替機の交渉になるかと思い、ここからは、若干切れ気味姿勢。本当は「がーん、またやっちまったぁ」って感じなんですが、それを出すわけにも行きませんもんね。

並んでいる間、出発間近の便の人を呼びにくる人もおり、出発間近の人は優先的に処理されいました(ここら辺は日本と同じ)。ところが、私が気がつかなかったのか、私の番が間近になったときには、その呼び出しのお兄ちゃんがいなくなっていた。

とりあえず、いない人は反論しないので、この人が呼び出さなかった、ずっと1時間30分(サバで許される範囲でしょう)も待っていたのに、何を考えているのだと詰問してみる。

すると出てきました。代替機の話。JFKから昼の1時30分に出る便が一番近いとのこと。いやいや、1泊2日の旅行なんですがって話です。しかも、どうせJFKまでの移動賃くれないんでしょう?って内心思う。

ここで、他の航空会社の便を手配しろということも考えたのですが、よっぽどでないと有料の結論となる議論になってしまう可能性が高いと判断し、近郊の別空港行きがあるかを尋ねました。

すると、Washington DC行きの便なら午前中ラガーディア発のものがあるとのこと。これだと、Richmondへの予定到着時間の1時間後にDCにつく。とりあえず、CharlottesvilleからDCまで片道2時間のお出迎えが可能か友人に電話するも、つながらない。

地球の歩き方を見ると、RichmondからDCまでは1時間弱のドライブ。もし友人が家を出ていて、空港に着くまで携帯を見なかったとしても、何とか予定時間につく。

運転距離は長いが、もともと土日べったり僕のためにあけているはず(笑)なので、その間は、僕が指示するところにきてくれるでしょうと勝手に判断。DC行きの便を手配してもらう。

むろん、無駄の多い飛行場の作業、再度、別ターミナルでチェックインが必要です。とりあえず、迷子にならないように別ターミナルへの生き方(無料シャトルバス、降りる駅)を聞いて、バーイ。いつもこのdirectionというのは、わかるようなわからないような。とりあえず、シャトルバスに乗って人に聞くかと向かってみる。

バス停はすぐにわかった。シャトルバスは、巡回の方向が異なる2便あるので間違えないようにして乗る。なかで親切そうな人がいたので、どこで降りるといいか聞いてみる。Chat好きのアメリカ人のいいところは、こういったときにみんなしてどうしたどうしたと手を貸してくれるところ。NYはこういった雰囲気がほかの地域に比べて少ないですが、それでも日本の何倍も暖かい。レジ待ちとどっちがいいかと聞かれると・・・・わかりません。毎日のレジ待ちはむかつくが、本当に困ったときに親切にされるのもありがたい。いいところばかりはとれないと言うことでしょう。

そんなこんなで、無事到着。今度はシャトル便だったので、えらくシャビーな別建物。むろん1階建て。人の列もほとんどなく、すぐにチェックイン。一つ前の便の離陸5分前だったので一応前の便への変更が可能か交渉するも、それは無理ってもんです。しかたがないので、ターミナルでのんびり待ち続けます。

その間に友人に連絡したところ、今起きたとのこと。別方向への出発は杞憂だったようです。

で、飛行機は、結局30分遅れで11時出発。起きて6時間近くNYから出られなかったことになります。NYもでかいですね。

2 DCでのお食事 (Jaleo)

DCについて、30分くらい待つと友人登場。二人してまずは腹ごしらえとばかりに、食事に繰り出す。連れて行かれたのは、DCのダウンタウン、Jaleo(ハレオ)というスペイン料理店。中華街のチャイナタウンゲートが見える7th Stを南下した、FBIのほど近くにあります。地球の歩き方(05-06)p286にもありました。昼時間だったので、人もたくさんおり、活気がありました。料理もおいしく、サングリアもいただきました。

リンクは下記
http://www.jaleo.com/bethesda.htm


3 DCの航空宇宙博物館(新館)

さて、食事後に向かったのは、The Steven F. Udvar-Hazy Center (航空宇宙博物館の新館)。ダレス国際空港に併設してあります。飛行機とスペースシャトルが大量に展示されており、車があるとかダレス空港を使用すると言うことであれば、行く価値ありです。ただ、時間がなければDCダウンタウンにある本館だけでもいいかも。

今回、衝撃的だったのはなんと言っても特攻機。滑空機だったとは。明らかに自分では飛び立てない。氷の上を滑っているときのペンギンをご想像ください(写真乗せろよって感じですね。あるんですが、のせません(笑))。説明書きによれば、別の飛行機で運んでもらって、戦艦のそばで発射されるらしいです。形も、まさに同館に展示の大陸弾道ミサイル・中近距離ミサイルのCPUの代わりに、人を乗せた感じ。違うのは、ライフルの上についている丸い同心円状の蜘蛛の巣みたいなの(名前がわかりません・・・)がついていて、それで目視して特攻したみたいです。ほんと、弾です。

以前どこかで回天(潜水艦の特攻機)をみて逃げ様のなさに驚いたが、特攻機も一緒だったんですね。なぜか、零戦の廉価版木造機で突入していたのかと思っていました。ドラマ、映画の印象かもしれません。しかし、この形は、結構きっついですなぁ。

あとは、スペースシャトル。以前に何度かフロリダで見たことがあったのですが、ほかの飛行機と一緒に見るとその大きさに改めてびっくりでした。単体でさらに大きなロケットのそばで見るとそんなに大きな感じじゃないんですよね。フロリダに行くまでもジャンボジェットに乗ってますし。ただ、戦闘機との比較で言うと明らかにでかい。別次元。すごいもんです。表面のタイルも異様。

宇宙開発初期のいろいろな器具や、アマチュア人工衛星もありましたが、うーん、おもちゃ(笑)。100円ショップで売っている部品みたいなので作っているのがあるかと思いきや、小学生の夏の工作みたいな意味不明の形の人工衛星がいっぱいあったり。。。B29とかすでにばりばり動くものを作っていた技術者は、隣でまだ動かないおもちゃの原型を作っている宇宙班(むろん、実際に隣かは知りません)をどんな目で見ていたんでしょうねぇ。夢があると見ていたんでしょうか。

4 シェナンドー国立公園(Shenandoah National Park)

食事後向かったのは、シェナンドー国立公園。車っていいですね。山が青く見えるというのが売りだそうな。六甲山も青く見えましたので、何処が違うのかは不明。日本の本州の山と違って落葉原生林。

動物にも出会うというので、何に出会うかなと思っていたところ、出ました。鹿とあれ。あるーひってやつ。一気ではなく熊。

案内してくれた彼曰く、鹿は毎回見るそうですが、熊は十何回きていて2度目だそうな。

熊に会ったら死んだふりをしろと言われて育った我々、何をしたかというと、

車を止めてカメラ抱えて猛ダッシュ。

命なんざ顧みている暇はありません。熊はというと、気づかないふり。熊の世界にも人にあったときの対処法が秘伝として伝わっているのかもしれません。

というわけで、このブログ初写真は、ぶれた熊!!わかるかなぁ。

 


リンクは以下。

http://www.nps.gov/shen/


5 ご自宅訪問

その後、シャーロッツビルに到着。先にチェックインをということで、指定されて予約していたholiday innへ。

はい、無論、ハプニングなしでは泊まれません。友人宅のholiday innに行ったところ、予約が入っていません。あらら。

何事かと思い、聞いてみると、holiday inn違いとのこと。この町、小さいのに2つholiday innあります。仕方なく車で再度移動。だんだん暗くなってくる中でも、じもてぃと一緒だと安心安心。

というわけで、この町でホリデイインを予約する場合はご注意を。宿自体は快適で、ネットもただでした。入りませんでしたが、プールもついていましたし。お値段はダブルで税込み100ドルちょい。まぁ、格的にこんなもんでしょう。

そのご、友人宅にて飲み会。奥さんの手料理をいただきました。和食で品数も豊富でした。奥さんには、勝手に食事とか作らないイメージを持っていたのですが、すいませんって感じのおいしい料理と、おいしいケーキが出てきました。久々に彼と奥さんと夜遅くまでだべってました。

6 モンティチェロ(Monticello)

翌日まず向かったのは、シャーロッツビルにきてここを見学せずに何処を?ってかんじのモンティチェロ。来るまで知らなかったんですがね。

わかりやすく言うと5セント硬貨の裏側(?)の頭のまーるい建物。(ここも写真のせろってかんじですね~)

ヴァージニアで一番有名な人物は、独立宣言起草者であり、ヴァージニア憲法起草者であり、ヴァージニア大学設立者である、第3代大統領 トーマス・ジェファーソン (Thomas Jefferson)。独立宣言を書いた大統領として人気があるそうな。ちなみに、第3代より前の3つの枕詞は、彼自身の遺言により墓に刻まれた功績です(大統領はない)。ってこう書くと、偉そうですが、本当に偉いんです(笑)。えらすぎて書くことが多くなりがちなのを残された人が頭を悩ませないように削ったってかんじです。

彼は外交官、建築家、弁護士、科学者、発明家などいろいろな顔を持ち、語学も7カ国語できたそうです。ちなみに、7カ国語はどの程度かわかりません。わかっているのは、ガイドの説明にはold Englishってのも入っていたことと、スペイン語の学習にはドンキホーテを読んだこと。えー、俺らはもっと英語の本読んでいるけど英語怪しいぞっておもいました。

ただ、実際に不自由がなかったのかもしれません。というのは、彼は建築は16世紀からの建築書を読むことで、独学で身につけたそうですが、当時の建築書にどの程度絵が会ったのか知りませんが、ガイドにもメニューにも絵や写真を使わない欧米、あまりなかったんじゃないでしょうか。それだけで、実際に建物を造ってしまうのはすごいとしか言いようがありません。1を聞いて10を知るとはこのことでしょうか。大学で座学を学んだだけでは、契約書を書けないし、ディールができないと考えてしまう我々・100を聞いて10を知る一般人とは大違いだなぁと2人で感心しきり。だって実際建築していくと詰めなきゃいけない箇所は山ほどあると思うんですよね。いくら本を集めても。でも、できる人はできるんでしょうな。ちなみに独立宣言を書いたのは33歳のときだそうな。いまでもアメリカ人の誇りであり精神を表していると言われることが多いことから考えると、概念だけ理解して、それを実際の形に落とす能力が相当優れていたとしか思えません。

そのジェファーソンが40年ほどかけて(城か教会か!)、自宅として建てたのがこのモンティチェロ。相当広いです。それなのに、省スペースをはかっていた模様。ベッドは、空間の効率的利用のために壁に穴を開けそこに設置しており(みたところドラえもんの寝床。でもふつう壁はそんなに厚くなく、押し入れは収納として設計するってことを教えてあげたいです)、キッチンは地下で見えないようにしています。氷を貯蔵する部屋もあったそうな。行くと地下に大きな穴を開けてありました。確かにいっぱい集めれば1年持つのかもしれませんね。

発明家でもあったジェファーソン、発明品も家中に盛りだくさん。一例を挙げると、コピー機。手紙を9000通ほど書いたそうですが、弁護士らしくコレポンを手元に残したそうです。そのために使われたのがコピー機。スキャン機能とかではもちろんなく、要は、2つの鉛筆を箸でつないだ感じコの字にして、2枚一緒に書く。果たしてうまくいくのか?ってかんじですが、結果からするとうまくいっていたようです。

すごいなと思うのは、新しいことにリスクをとりながらチャレンジするのをよしとしながら、一つ一つ形として仕上げるところ。新進性と、実行力の両方があるってのは本当にすごいことです。

ちなみに、常に時計で時間を管理しながら生きていたそうな。タイムチャージだったんでしょうか。いずれにせよ、腕時計でもするかなと我が身を省みました。一日でやっていることがあまりに少ないので。

そんなこんなで機能もりだくさんのMonticelloは、アメリカでは数少ない文化世界遺産だそうな。もう参ったって感じです。

リンクは以下。

http://www.monticello.org/


7 University of Virginia

続いていったのが、ヴァージニア大学。州立大学です。この町は、基本的にビルがなく、大学以外の建物は大学の建物の間に立っているといっても過言ではないくらい、大学町です。というわけで、どの校舎ってのまで言う必要があります。

最初に向かったのが、これまたジェファーソン設計、世界遺産のRotunda (ロタンダ)。大学のシンボルです。いわば本館。空間の使い方が贅沢で、広々しています。大学には巨大な木々があるのですが、大学建設当初の絵にはこれがない。その当時とは結構印象が違います。

次は、ロースクールの建物。新しくとてもきれい。しかも広い。夏だからか学生もおらずがらんとしています。

LLMは人数も30名程度(日本人は5人程度)でこぢんまりとしているとのこと。まわりのJDが勉強するので、勉強もするらしい。もし、アメリカらしい生活を満喫したいと言うことであれば、本当におすすめの場所ではないでしょうか。少なくとも強制的に英語という環境はありそうです。地元の方の英語も南部訛りもなく、スピードもゆっくりできわめて聞き取りやすいですし。ミシガンやコーネルより暖かいですし、授業料も安いそうな。難点といえば実務っぽい科目が少ないこと、卒論を書かなければいけないこと、日本人から情報を得られないことなどでしょうが、いずれも本質的ではないと思います。

リンクは以下。

http://www.law.virginia.edu/html/index.htm


8 ワイナリー(Kluge Estate Winery & Vineyard)

友人の奥さん・お子さんを拾って、最後に向かったのが、友人おすすめのワイナリー。前日もここのワインを飲んでいて大変楽しみにしていた、生まれて初めてのワイナリー訪問です。リンクは下記。

Kluge Estate Winery & Vineyard
http://www.klugeestateonline.com/

食事・ワインとデザートをおいしくいただきました。期待通りの料理で、大変満喫。特にキッシュは衣がさくさくでとてもおいしかったです。ワインもおみやげに購入。ゆっくり食事とお茶2時間程度満喫。

これが、それぞれ後で響くとは、このときは知るよしもなし。

9 空港

さて、今度こそ、Richmond発の飛行機で帰りたいもの。友人の言葉によると、1時間程度でつくとのことですので、ワイナリーを2時間前に出発し、空港に向かう。私は酔ってしまい、助手席で爆睡(すいません)。

起きると、友人と友人の奥さんがなにやら話している。どんどんとばしている模様。どうしたのかと眠い目をこすりつつ看板と時計を見ると、空港まで8マイル、出発まで40分。あらあら。

友人曰く1時間と思ったが、実際にきたことないとのこと。えっ。。あの時間見積もりの自信満々ぶりは・・・。まぁぼくの友人です。そんなもんでしょう。

まぁ、とりあえず急いでもらい空港へ。出発の25分前に空港に着く。あわててチェックインし(といっても前日の経験から10分前まで大丈夫でしょう?とは思ってました)、ゆうゆうと、セキュリティに向かう。飛行機に乗れないときのために待機していた友人に解除の電話をしようと思ったが一応思いとどまる。

ハプニングは、セキュリティで発生。荷物が少ないので何も預けていなかったのですが、今回はワイン入り。。。。だめですね。

あまり普段お酒をおみやげに買わないので忘れてました。液体だめなの。係員に、どうしたらいい?と聞くと、もう飛行機出発15分前を過ぎているから、飛行機で送るのは無理。飛行場まで見送りにきた人がいればその人に別送してもらうべきとのお答え。

それじゃ、らちがあかん。駐車場まで移動してしまっている友人を待っていたら、飛行機に乗れないかもしれない。友人も引っ越し・出国準備があるのだから、お願いするわけにも行かない。

というわけで、あわててカウンターまで走って戻って(酔いも覚めるってもんです)、列を割り込み、荷物を預ける。さすが南部の人、引き受けてくれました。乗りそう?ときくと、We will do our bestとのお答え。内容物に急に必要なものもなかったので、「南部のbestをみたろーじゃん」と再びセキュリティへ。

人が少ないからか、南部だからかやけに人なつこい。セキュリティの係員も、どうだったと聞いてきます。"They'll do their best"と答えておきました。ついでに飛行機に乗らなかったらどうなるのか聞いたところ、別の飛行機で運ぶとのこと。当日そのままついた飛行場で待つか、後日飛行場に取りに行くか、自宅に送ってもらう処理になるそう。いずれにせよついた空港で航空会社の係員と話せとのこと。ありがたい情報です。

その後は、順調に出発。出発時間が20分くらい遅れてましたが、「荷物乗るかなぁ」くらいなもんです。なんてことはない。

さて、ラガーディアで荷物の受け取りです。どきどきしながら待っていると、きました!
いいこともあるみたい。南部のbest っていっかんじだ。

というわけで、てんやわんや、いつものようにハプニング、ぎりぎり劇の繰り返しでしたが、無事NYまで帰ってきました。