2008-07-12

編集者番外編 累積投票と獲得議席数

累積投票で、各株主は、最低何議席確保できるか。


みんなで書いている本にはどうやら書かないことになりそうなので、留学中に思いついたことをメモしてみます。どこかを見たわけではない私見なので、信用性は低いですが。

取締役の選任方法

株式会社の取締役は株主により選任されます。デラウェア法ではその選任方法は相対多数(plurality)。

どういう事かというと、例えば、100株発行会社で5名選任されるとして、その得票がD1:90票、D2:80票、D3:70票、D4:50票、D5:30票、D6:20票である場合、30票のD5まで当選です。特に定めがない限り過半数の票(今回の場合51票)を獲得しているかは問題になりません。

例によってWikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Plurality


で、実際の選任の場合D1、D2・・・の投票は別々に行われることが多いです。つまり、まずD1さんについて票決し、その後D2, D3・・・と別々にやっていく。実際上、各株主は候補者毎に投票の機会があるということです。

この場合において、株式の過半数を有する支配的株主がいると、支配的株主が賛成する候補者は50%超の得票を得、支配的株主が賛成しない候補者は50%未満の得票しか得られません。従って、支配的株主が議席以上の取締役について賛成票を投じる限り、支配的株主の賛成を得られた取締役候補のみが当選するということになります。

今の定義の方法の場合、支配的株主は51%の株式を持っている場合でもこれにあたります。この場合、残りの49%を1人の人が持っていても、この49%株主は1人として取締役を選任できないことになります。

累積投票制度

取締役に会社の経営権は集中するのが通常なので、会社のエクイティ資本の49%を投入しても1人も取締役を選任できないという不都合を防ぐために、累積投票制度というのを採用することができます。

これは、各株式について、議席数分の投票権を与えられ、それを1人に集中するなど自由に配分して行使することができるやり方です。

先の例で言うと、5名選任するわけですから、51株株主は255個、49株株主は245個の投票権を与えられます。49%株主は、245個の投票権を自由に割り振れるわけですから、これを例えば、1名に集中することができるわけです。その1名は245票獲得するわけですね。51株株主は、245票以上獲得する候補を5人作り出すことはできないので、この1名は確実に当選するわけです。

この累積投票制度下で何名取締役を選任できるのかというのは、パワーバランスを考える上で興味深い話題ですが、日本の会社法(商法)を習ったときは特に式を習いませんでした。留学では、結果のみ習いましたので、ここはちょっと証明でも取り組んでみようかというのが、このエントリの趣旨です(前振り長すぎですが)。

説明のために、論理的な必要性以上に段階を分け、ステップを踏んでいます。。。

最低限確保できる取締役数についての考え方

TS: 総株式数
TD: 選任される取締役の総議席
NS: ある株主(N)の持っている株式数
ND: NSで選任できる取締役数

この場合、
ND<NS×(TD+1)÷TS
が成立し、NDの整数値の最大が、「ある株主Nが自己の票を上手く配分さえすれば、そのほかの株主がいかにNの候補を落選させるべく票を配分したとしても当選させることができる候補者数」となります。要は、最大のNDの整数値が最低限とれる取締役の議席数。

なお、最大限ではないことにはご注意です。N以外の株主は配分が下手かもしれず、また投票しないかもしれません。N以外が1名に集中すれば、その他全部の議席(TD-1)を確保できるわけですし、投票がなければ、全議席(TD)を確保できるわけですから。

で、この式の立証(論理的に穴があるかもしれませんが、一応自分を納得させることができる限度の説明という趣旨です)。

TD名選任されるわけですが、とりあえず、最後の議席を争うとして、TD-1名で考えてみます。今回の投票の結果、当選に必要になる投票数を、vとすると、TD-1名は最低v票獲得しています。このうち、Nの推薦する株主は、ND-1名含まれ、Nの推薦しない取締役は(TD-1)-(ND-1)=TD-ND名含まれているわけです。で、最後の1議席が決戦。

Nもそれ以外の株主も、持っている議決権の個数は一定なので、この決戦にできるだけ多くの票を持って行こうとすると、それまでに使用する議決権をできるだけ減らす必要があります。

NはND-1名に付き、各最低v票獲得させているわけですので、各取締役に付き(v+α1)、(v+α2)・・・と議決権を使用します。この合計(台形の面積ですね)が最少になるのは、無論α1,α2・・・が全て0である場合(vが底辺、高さがND-1の長方形の場合)です。この場合、v×(ND-1)票使用している。

その上で最終決戦に、残りの票を投じる。で、この票がvを上回る(NDの定義の方法により)。ND名当選させると、各候補者は最低v票もらうということです。

とすると、Nの持っている議決権数(TD×NS)をND名に配分した平均はvを超えるという式が出てきます。

v<TD×NS/ND

同様にN以外の株主も、TD-NDに各v票を割り振ってきます。で、最後の1名はv票に足りない。従って、TD-ND+1名の平均はvを下回る。

v>TD×(TS-NS)/(TD-ND+1)

これをつなぎ合わせると、
TD×(TS-NS)/(TD-ND+1)<v<TD×NS/ND

これをときます。
TD×(TS-NS)/(TD-ND+1)<v<TD×NS/ND
(TS-NS)/(TD-ND+1)<NS/ND
ND(TS-NS)<NS(TD-ND+1)
ND×TS<NS×(TD+1)
ND<NS×(TD+1)÷TS

ですね。

別解

もう少しステップを省く立証だと以下のような感じでしょうか。
Nの候補者NDは最低、各v票取得可能。従って、v<TD×NS/ND。
Nとそれ以外の全体でTD+1名の選任は不能(平均がvを下回る)。従ってv>TS×TD/(TD+1)
これを合わせると、
TS×TD/(TD+1)<TD×NS/ND
TS×(TD+1)<NS/ND
ND<NS×(TD+1)÷TS

TD+1名が問題になることがすっとわかればこちらで足りるはずです。最後の議席を争うので、最大1名分(v)の死票が生じるためとかいうんでしょうか。個人的にはすっとはわかりにくいなと思ったため、残り1名で切ってみた訳ですね。

実際上の有益性

この式、じつは、累積投票制度を採用している会社についても、こんな風に実務上使われるのはまれではないかと思います。既にある株式数で、何名選任できるか等と悠長に考えるはずはないからです。

むしろ、具体的にND名選任したいのだが、これを確実に行うためには何票必要かと考えることの方が多いように思います。

その場合は、式を変形させて、

NS>ND×TS×(TD+1)

として、最小限必要な得票数を計算します。私の使っていた教科書ではこの形の式がのっていました。

とはいっても、票読みは、対立する株主がいる場合に問題となり、一番先鋭化するのは、敵対的買収です。敵対的買収は、普通上場会社で行われるところ、累積投票制度は上場会社で採用されていないので、一般的には問題にならない話です。そのため、式の内容を説明されることもあまりないのだと思います。

理論上は、ジョイントベンチャーの組成などで活用されてもいいはずですが、まぁ、他の手段が色々ありますし、実際に累積投票制度となっている定款はあまり見たことがありません。

というわけで、これも実際上の活用からすると、数遊びという感じですね。
理解して損はないという程度でしょうか。